16世紀に盛んに輸出されたことから「japan ware」という英語名を生んだ「漆器」。これらの漆文化について論じる「漆サミット2012」が、先ごろ東京で開かれた。
明治大学バイオ資源化学研究所の主催。同大の宮腰哲雄教授(有機合成化学)は、他分野の研究者とチームを組み、5年前から漆の多角的研究を進めてきた。
日本で漆使用が始まったのは縄文時代だが、同大日本先史文化研究所の阿部芳郎教授(考古学)は「縄文の漆文化には地域と時代によって大きな差が認められ、それは縄文文化の多様性を示している」とみる。
こうした過去の出土漆の研究に関して近年、威力を発揮しているのが、熱分解―ガスクロマトグラフィー・質量分析だ。資料を300~800度で熱分解・気化させ、成分ごとの質量を分析する方法で、中国・日本(主成分はウルシオール)、台湾・ベトナム(同ラッコール)、タイ・ミャンマー(同チチオール)の漆が正確に判別できる。
たとえば、京都市御池中学構内から出土した17世紀の四耳壺(しじこ)。付着した漆と思われる樹液を分析したところ、チチオールとわかった。「当時は建築部材や輸出用の南蛮漆器のために大量の漆が必要だった。その原材料として輸入されたのかも」と宮腰教授は語る。
生産地に関し、さらに肉薄できそうなのが、ストロンチウム同位体分析。出土遺物に含まれるストロンチウムという元素の同位体比率を測定することで、元になった土壌を突き止める。
現在日本最古とされる漆は8千年以上前のもので、中国より千年古い。そこで縄文漆の起源が問題になっていたが、ガスクロマトグラフィー分析では同じウルシオールの中国産と日本産が識別できなかった。
だが、同位体分析を行った東京大総合研究博物館の吉田邦夫教授(年代学)によると、今までのところ、縄文後期以降の漆は「日本産」という結果が出た。
一方、漆器の断面観察を行ってきた岡田文男京都造形芸術大教授(文化財科学)の研究などで、縄文と弥生の漆器では構造に差があることも明らかになっている。漆工にも断絶や革新の波があったのだろう。
漆は環境にやさしい塗料・接着剤として近年注目を集める。サミットでもその抗ウイルス作用にまで話が及び、新たな可能性を認識できた。文理融合研究がうまくいった一例と言える。(宮代栄一)
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